キリスト教は何のためにあるのか

キリスト教は何のためにあるのか



 様々な形で言えます。敢えて一つだけを言うとすれば、私たちは キリストは「人間に本当の喜びを与えるために、来てくださった」と実感しています。

キリストがもたらした喜びこそ神が人間に与えるためキリストをこの世に送った目的です。
また、同時に、神がキリストを送られた意味がここにあります

 神は人間を造られたとき、自分の姿にかたどってよいもの、とされましたが、人間は与えられた自由を自由として用いないで、悪と悲惨をもたらしました。神は、この人間のためにイエス・キリストをこの世界につかわしました。

 「キリストは人間になった神」であり、人間の主、人間を喜びの存在へ向かわせ、実際に喜びを、「神の喜び」を与える。

 それは、イエス・キリストが宣教した「神の御国」が、キリストの十字架死によってこの世界に到来し、実際に「神の御国」の在り方を、私たちの歴史世界で進めています。 



 キリスト教は、歴史に刻まれているこの事実を「信仰をもって」地球世界に伝えています。
 イエス・キリストが「神の御国」をもたらし、「神の御国」を地上に実現するため、今でも神の次元から「聖霊」によってこの世界を進めている。

 私たちは、イエス・キリストに従い、教会で礼拝をしてお互いの信仰と愛とを深め、自らも人間自身では得ることのない 神による「喜び」の中に生きられるようにもとめつつ生きるのです。

人間を生かし、喜びを与えてくださる父なる神、イエス・キリスト、聖霊を信じ、死さえも乗り越える愛の力、愛に生かされる命をもって毎日を送るので
す。