説教「偽善に注意」2016.7.10

2016710日(日)東田礼拝 「神の国連続講解説教20」                  
 説教「偽善に注意
           牧師 武井恵一 

聖書 ルカによる福音書1217(,131頁)
讃美歌(21)8「心の」、357「力に満ち」、
504「主よ御手もて」、8837-2「父なる御神」


 マタイによる福音書の連続説教をしたので、多くの方は主イエス
「偽善」を嫌っておられるのを既にご存知でしょう。あるいは
「神の御国と偽善がどう関係するのか」と思われたかも知れません。

 今日の言葉は「とかくするうちに」から始まりました。この文章
が前の11章に続いて記されていると分ります。

 主イエスは11章の37節で、ファリサイ派の人から食事を招待を受
けたので、食卓に着かれ、招待した人が、主イエスが食事前の清め
をしないので不審に思ったことを知り、「実に、あなたたちファリ
サイ派の人々は、杯や皿の外側はきれいにするが、自分の内側は強
欲と悪意味満ちている。ファリサイ派は不幸だ」と言い、色々な偽
善をあげて非難しました。

 11章での最後の記事は53節「イエスがそこを出て行かれると、律
法学者やファリサイ派の人々は激しい敵意を抱き、色々な問題でイ
エスに質問を浴びせ始め,
54何か言葉じりをとらえようと狙ってい
た。で終わっています。

 外へ出ると「数えきれないほどの群衆が集まって来て、足を踏み
合うほどになっていた」。

 群衆は、主イエスの「むしろさいわいなのは神の言葉を聞き、そ
れを守る人である。」などの言葉を聞き、もっと話を聞こうとして
集まり、食事の間も待っていた。 それにしても「足を踏み合うほ
どに」とは、物凄い人ごみです。

 主は、食事した家から出ると「イエスはまず弟子たちに話し始め
られた。」
 これは、主イエスが弟子たちと一緒にファリサイ派の人の家に入
って食事をしていたことを示しています。

 普通の状態で家から外へ出てきた場合、大勢の群衆が家の前に集
まっていれば、まず、彼らに声をかけたでしょう。けれども、食卓
で主イエスは律法学者から「先生、そんなことをおっしゃれば、私
たちをも侮辱することになります」と言われ、弟子たちも聞いてい
ました。

 主イエスはなお、「あなたがた律法の専門家は不幸だ」と彼らに
鉾先を向け、「先祖が殺した預言者や使徒たちの血について責任を
問われる」とまで皆の前で厳しく指摘された。弟子たちはこの言葉
で青くなって心配し、主はこの様子を見ておられた。

 だから、主イエスはその家から出ると、まず、弟子たちに言われ
た。「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善で
ある。」
 ファリサイ派の家を出たばかりのところで、ファリサイ派の人々
も家を出て「何か言葉じりをとらえよう」と一緒にいる。

 主イエス・キリストは、ファリサイ派に向かって歯に衣を着せな
いで、正面から厳しく指摘し、非難したのを弟子たちが聞き、彼ら
が心配し、青くなった有様を見て、弟子たちの問題に気付かれまし
た。

 そこで、かなり長く待っていた群衆よりも先に、まず、弟子たち
に語りかける。

 それは、これから彼ら弟子たち自身が、この世で「神の国を宣べ
伝える」働きの中心となるのに「これではいけない」と、見られた
からです。

 彼ら弟子たちが「この世で力を持つファリサイ派、律法学者、そ
して、神殿の祭司長たちや民の長老たちを恐れ、言わなければなら
ない非難や、指摘が出来ずにいては、福音が福音でなくなる」。

 もちろん、これはすべての人々、特に神の国を求めるすべての国
民、キリスト者について、とても大切なことです。

 とりわけ「神の御国の根幹になってゆく弟子たち」においては、
決定的に大切なことです。

 だから、ここで、イエス・キリストは「神の御国」の在り方の実
際の大切さを、まず、弟子たちにしっかり植えつけられる。

 これは2000年あまりの年月を隔てた私たち、弟子である私たちに
とっても大切なことです。

 神の御国を信じ、主イエス・キリストに従い、そのために働く者
に、欠かすことのできない、重大なことです。主イエスはここで何
と言われたか。「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい」。


 こうなると「ファリサイ派とは、どの様な存在か」が私たちにと
って、課題になります。既に皆さんご存知でしょうが聖書に記され
た用語解説(聖書の巻末、(39)
頁)にファリサイ派の解説があるので、ここで朗読し、少し補足を
加えます。

 ―ファリサイ派―
「ハスモン王朝[旧約聖書続編『マカバイ記 一・二』参照、主イ
エスの前、イスラエル最後の王朝ハスモネ家―マカベア家]時代に
形成されたユダヤ教の一派。
イエス時代にはサドカイ派に並んで民衆に大きな影響力を持ってい
た。
 律法学者は多くファリサイ派に属していたと思われ、しばし
ば並んで記されている(マタイ福音書23章2節など)。律法を守る
こと、特に安息日や断食、施しを行なうことや宗教的な浄めを強調
した。

 ヘブライ語「ペルシーム」[ファリサイの語源?]は「分離したも
の」の意味であり、この名称の由来については種々の説があるが、
恐らく律法を守らない一般の人から自分たちを「分離した」という
意味であろう。福音書ではイエスの論敵として描かれる(マタイ福
音書12章、23章)。パウロは自らファリサイ派であったと言ってい
る(フィリピの信徒への手紙3章5節)。」


 主イエスは「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それ
は偽善である。」と言われました。パン種はイースト菌ですが、こ
の場合は「感染しどんどん増える悪い種子」を言われました。

 新約聖書のファリサイ派の人々に対する主イエスの非難は、ルカ
福音書11章37節から52節と、20章45節から47節150-151頁。マタイ
福音書23章1節から36節。マルコ福音書12章38節から40節などにあ
ります。

 残念ですがここで朗読し、補足する時間はないので、主が偽善と
される事項を
から列記します。

 マルコ12章、外見・挨拶・上席上座・を望み。やもめの家を
食い物に。
見せかけの長い祈り。

 マタイ23章、言うだけで不実行。マルコ①同、先生・教師の
呼称を好む。
人の前で天国を閉ざす。

⑦改宗者を悪い地獄の子に。⑧ものの見えない案内人。⑨偽りの誓
いをする。
香料など定めの十分の一は献げるが、正義・慈悲・誠
実はないがしろにする。
外見は美しく、内側は骨や穢れ、偽善と
不法。
預言者を殺した先祖の血、自分は先祖が殺した記念碑を飾
る。

 ルカ11章マタイ⑩同、と強欲と悪意。マタイ⑨同、マタイ①
同、人に重荷、自分は重荷にふれない、
マタイ⑪同。

 少し解説や引用が長くなりました。
 ルカ福音書12章2節「覆われているもので現わされないものはな
く、隠されているもので知られずに済むものはない。」も偽善の
中に入るでしょうか。

 また「3だから、あなた方が暗闇で言ったことはみな、あかるみ
で聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広め
られる。」は、どうでしょうか。

 この後、4節から7節は、主イエスが「友人であるあなた方に言
っておく。」と、口調を改めたように続けられます。

 「この言葉には微妙なものがある」と思いませんか。
 明らかに「弟子」に対する呼びかけではなく、また、群衆の一人
に向けた言葉ではない。大きな枠で言えば「同じ方向を向いている
が、イエス・キリストを信じ、キリスト教に立っているとは言えな
い」相手に対する呼びかけです。

 私は、今ここに「キリスト教・神の御国を知っているが、まだ、
決断が出来ていない」友にあたる方々への呼びかけが「ここで、
今」なされたことを知ります。

 気が付かなかった方もおられるでしょう。どうか、今、私が申し
上げたことは意識して下さい。これは、私が主であり王である方か
ら示されたことです。

 これは、また、「偽善をしりぞけるイエス・キリスト、神の御国
の主」の呼びかけです。

 主が「友人であるあなたに言っておくが」と言われた言葉はまだ
続きがあります。これは、やはり大切な続きです。

 「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れて
はならない。」

 「これは、誰のことを言っているのか? 自分は体が殺されるの
は避けたい、逃げたい。けれど、『それ以上何もできない者』と
は、いったい「何を、誰を意味している」のか。

 「だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に
投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を
恐れなさい。」

 たしかに、「殺されるよりも、地獄に投げ込まれる方が恐ろしい
」。これは、主イエスが言っておられる方だ……ということは、こ
れは「地獄でも権威を持ち、現実に行うことが出来る方。父なる神
……」

 「そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい。」
たしかに、恐れるべき方はこの方、神さまこそこの方だと思う…。
 「6 五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一
羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。

 2アサリオンは換算表だと一デナリオンの1/16が1アサリオン、
1デナリ1万円として625円、2アサリオンだと1250円、一羽250円か。
こんなもんでしょう。

 250円の雀一羽さえ、神がお忘れになるようなことはないという
のは凄い。日本全体で雀は何羽くらいいるの? 日本の人口を10
億とすると、一人に対して10羽はいるから20億羽。ヒエーッ、アン
ビリーバブル。だけど、主イエスは嘘を言われませんから……。

7それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。
恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。

 これは、前、聞いたことがあるけれど、今「友人として、何と主
イエスが言われる……ということは、間違って偽善的なことをしたとして
も、主イエスは……少なくても初めは、『おいおい、違うんではないか』
って注意して下さる。……それなら、何とか……

 今日の世界は経済的な強者が、弱くてどうしょうもならない弱
者をなお痛めつけ、政治は「
ちゃんと機能しています」と、偽善同
様のことを堂々と言う。少なくとも私たちは偽善を改めたい。

 考えてみると、今まで「神の国連続説教」で何度も「神の国は現
実のこの世界で、完成に向かって進んでいる
」と話し、聞いていただ
きました。

 主イエスが「神の御国の在り方」として「偽善をなくそう」と言わ
れている以上、現在の世界
で「神の御国」の取り組みでは「
偽善が通用しない世界。それぞれの
地域
」への働きが実際になされている。
 私たちの世界をそのような目で見ると「必要悪とされている偽善」
が具体的に目につく。目に余る。また、経済がグローバル化し、「経済的
発展」がどの国、どの地域でも優先されている以上「知らずにしている偽
善、当たり前になっている偽善」
があちこちにはびこり、「社会的、世
界的な偽善
」がまかり通っている。

 この礼拝説教はもちろん、社会改革の説教ではありません。
神の国連続説教」の一環です。
 けれども、主イエス・キリストが「神の御国を完成に向かって進め
」聖霊の活動にとっても、「全世界での社会的偽善との戦い」は避
けて通れない大きな課題です。暴力や武器を用いない、憎しみの
ない大きな取組。

 私たちが「神の御国が完成しますように」と求める祈りは、様々な
願い、祈りと共に「
私たちに、できることをさせてください。用いてく
ださい
」の祈りです。「神の国の福音」伝道は、教会・キリスト教
の枠だけでなく、様々な働きがあります。


 私たちにとって「偽善を克服し、愛を実現する」働きは自分自身
への働きであると共に「
神の御国完成に向かう」働きです。私た
ち、自分自身だけでなく、聖霊が共に働かれる取組みです。

 ここに、一つの取組み、主と共に進む取組みが私たちに示さ
れました。

   祈り        讃美歌504「主よ御手もて」